番外編2 「ザイのやさぐれ恋模様」2
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 女の集団は威圧的だ。
 一人一人の顔立ちが、どれほど愛らしかろうとも。
 たとえそれが、熱狂的に支持されるメイドの団体であろうとも。──いや、確信犯か? あの連中。
「たく。なんの因果で」
 追っ手の様子を肩越しに見、舌打ちしながら街角を曲がり、手近な店へと足を向ける。追っ手はメイドの集団だ。獲物を目ざとく見つけた途端、わらわら、がむしゃらに駆けてきた。
 ここで本質的な命題に立ち戻る。
 女の集団は威圧的だ。しかも揃いのいでだちは、この国の権威、ラトキエの制服。
「ほとぼりが冷めるまで、飯でも食うか」
 がらん、と扉のドアベルが打ち鳴る。
 ガラス扉を押しやって、ザイは店に踏みこんだ。足早に歩き、店の奥へと隠れこむ。まだ人通りがないためか、昼時というのに客は少ない。すれ違いに出て行った二人組の客を除けば、緑陰ゆれる窓辺の席に、女が一人いるきりだ。
 その隣の窓際ならば、通りを見張るのに好都合だった。店内からは街路が見えるが、外から中は植栽に隠れて見通せない──と思っていたら、先客がいた。
 ひょろりと上背のある、街着の男だ。顔の上に新聞をひろげ、腕をくんで昼寝をしている。無造作に投げた足の先には、見覚えのある編みあげの革靴。
「よう。少しは反省したかよ」
 声をかけると、にゅっ、と手が出て、顔の新聞を男がとった。
「まだ足りない? けなげな誠意が」
 顔をしかめてザイを見る。
 あー、とセレスタンは言葉を続けた。「メガネちゃんのことなら大丈夫。ちゃんと送り届けたから。かわいいメガネあつらえて」
「そりゃ、ご苦労さま」
「今度はなに」
「追われてる」
「相手は」
 夏日さしこむ窓の外を、ザイは軽く顎でさす。
 セレスタンは窓に一瞥をくれ「へ?」とまたたき、振り向いた。
「お前の言う追っ手って、もしかして、あのメイドさん?」
 指さす先で、メイド服の集団がぺちゃくちゃキャイキャイ喋くりながら、わらわら通り過ぎていく。
「……なにやったの、お前。つか、なんか、あのたち、お前のことを」
 しげしげとセレスタンはザイを見た。
鎌風 とかって呼んでない?」
 ひょいひょい街角を覗きこむメイド服の集団と、殺気立つザイを交互に見、「あ」と笑って、指をさす。
「もて期?」
「うるせえ」
かまかぜ、、、、っ?」
「もう一度言ったら、ぶっ殺す」
 へらへら首振るおちゃらかし顔を、ザイはゆらりと不穏に見おろす。
「なんだよ、いいじゃないの、遊んでやれば」
 どさり、とセレスタンは椅子にもたれ、長い足をぶらつかせた。「メイドさんが追っかけしてくれるなんて、めったにない快挙じゃん。逃げまわるなんて、もったいない」
 ザイは呆れ顔で腕をくんだ。「てめえの贔屓は、副長のお気に入りじゃなかったのかよ。もう、他のに鞍替えか」
「いや、アレはアレ、コレはコレだから。俺ってほら、博愛主義者でしょ」
「八方美人ってんだろ、それは。四の五の言ってねえで、とっとと行けよ」
 ザイは苦虫かみつぶし、舌打ちしながら窓を見る。「おちおち外にも出られやしねえ」
 卓に置いた煙草をとり、セレスタンが嘆息まじりに席を立った。「──はいよ、了解。人使いが荒いねえ、班長は」
 首の後ろをとんとん叩き、ぶらぶら歩いて足を止める。
 お前さ、と肩越しに声をかけた。
「もうちょっと、優しくしてやれよ、メガネちゃんに」
 
 
 セレスタンを追い出した窓辺の席の椅子を引き、ザイは腰を落ちつけた。
 開け放った右手の窓から外の様子をながめやり、ひょい、と背を引き、植栽に隠れた。
 直後、メイドの集団が、どたどた通り過ぎていく。きゃらきゃら喋くる箱入り娘の集団を、やんちゃな児童の遠足よろしく引率する気には到底なれない。
 やれやれと目を返し、街角からとび出した若い男に気がついた。小柄で軽い身のこなし、きかなそうな面構え、何かの実験に失敗し、爆発したようなぼさぼさ頭。
「……何やってんだ? あいつ」
 班の最年少、発破師ジョエルだ。きょろきょろ何かを、あわてた様子で探している。
 そこにいるなら飯にでも誘うか、と注意を引くべく片手をあげかけ──
 ふと、ザイは動きを止めた。
 浮かせた腰を、座席に戻す。この暑い昼のさなかに、飲食店になど誘ったら、アレを頼むに決まっている。
 ジョエルは人目を気にしない。どうも神経が図太いらしく、大抵の者がためらうことでも、しごく平然とやってのける。だが、本人はそれで良くても、女子供が好むような緑のあのブクブクを、同じ卓で嬉々として啜られた日には、同席する連れは居たたまれない。
 昼日中の街角をおろおろうろつくジョエルをながめ「……そういや、昨夜あたりから」とザイは窓辺で首をかしげた。
「気がつくと、いるんだよな」
 ジョエルが
 そう、常に常に視界の端に、ジョエルがいるのは何故なのか。
 なにか釈然としない思いで見ていると、うろうろ通りを覗きこんでいたジョエルが、はあ、と息をついて肩を落とした。
「ちっ、逃げられた、、、、、
 舌打ちしながら顔をあげ、そわそわ、きょろきょろ踵を返す。「もう。どこ行ったんだよ、班長、、〜……」
「……あ?」
 とザイは停止して、ぼさぼさ頭が引っこんだ昼下がりの街角を唖然と見た。
 どうやらジョエルが探していのは、他ならぬ自分であったようだが、報告に来たような様子ではない。むしろ、なにやら尾行されていたような? だが、なんの目的で? 普段はたいてい仏頂面で、ろくに返事もしやしないし、基本的には不貞腐った態度だが──。
「ご注文はお決まりですか」
 見知らぬ男のだみ声に、物思いが中断された。
「──ああ、頼む」
 気づけば卓のかたわらに、腹のつき出た前かけの親父が立っていた。
 その手が伝票をめくるのを視界の端に置きながら(なんでジョエルが追っかけてくるんだ……?)とザイはしきりに首をひねる。今しがた目撃した一連の不可解な言動の意味を、しばし無言で考えて、
 額をつかんで、嘆息した。
「……つまりは、あれも、、、か」
 尻尾を振って、、、、、、、ついてくる類い。
 メガネに、メイドに、発破小僧。一匹とその他多数は、顔を見るなり全力で駆けより、そして、もう一匹は、腹をなでてもらおうと、寝転がってやぶ睨み。
 げんなり脱力、首を振る。「──急に増えたな、犬っころが」
 だが、誰であろうが、馴れ合うつもりはザイにはなかった。
 余計な荷物はしょい込まないに限る。持ち物が増えれば増えるだけ、厄介事も増えていく。手がふさがれば、自分の身さえ守れない。安易な依存は、もろ刃のやいば。もう、何も期待はしない。
 開け放った窓の外、晴れた夏空が青かった。
 入道雲の、まっ白な輝き。卓の上に視線を戻し、ゆるくひらいた利き手をながめる。
 手の感覚が鈍い気がした。手の中には何もないが、意識をすればするほどに、ベールが薄くかかったような、やんわりとした靄を感じる──。
「お待たせしました」
 ふと、甲高い声に顔をあげた。
 窓の外の往来を、どれだけぼんやり眺めていたのか、注文の品がきていたらしい。
 若い女の店員が、そわそわ顔をチラ見して、カウンターで待っていたクスクス笑いの仲間の元へと、なにやらすっ飛んで帰っていく。
(なんだ、態度悪りィな……)といぶかりつつも、「さて、食うか」と目を戻す。
 呆然とザイは固まった。
 でん、と卓に、奇妙なものが載っている。
「──ここに置く」
 緑の液体を認識するなり、代金を叩きつけるようにして席を立った。
 逃げるように店を出て、人目を避けてそそくさ歩く。
(なんで俺は、あんなものを?)
 チューリップ型のグラスの下から、ぷくぷく泡が立つ液体を。
 苛々首をかしげつつ、別の区画の店に飛びこむ。
「焼き魚定食ひとつ!」
 入店するなり、せかせか注文。万が一にも今度こそ、うわ言を口走ったりせぬように。
 出てきた膳を苛々掻っこみ、人心地ついて窓を見る。
 あ? とザイは眉根を寄せた。
 つい、と横切った禿頭に、なにやら妙に見覚えがある。
 舌打ちして手を伸ばし、むんずと襟首引っつかんだ。
「いつまで油売ってんだ。さっさと行けよ、引率しに」
 引っぱり戻されて「あれ?」とまたたき、セレスタンはザイを見た。
お前は、、、政務所に用がある、、、、、、、、
 あ? と胡乱に見返すザイ。
 抑揚なくそう言うと、セレスタンは北を顎でさす。
「そう言ったらメイドさん、みんな、すっ飛んで帰ったけど?」
 行政街区の方角だ。
「てことで任務完了」
 セレスタンは、にっかと笑う。
 つかの間ザイは絶句して、脱力して息をついた。
「……達者だな。相変わらず」
 この禿頭が、一部でペテン師と呼ばれる由縁だ。
 
 

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